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第22話:メディアの情報を正しく読み取る

毎日茶の間を賑わす「新型コロナ」問題。最近とみに首都圏や沖縄県を中心に感染者が増え、メディアのニュースもこの話題一色の感があります。

また、ある地方でお盆に帰省していた家族に対して誹謗中傷する手紙が投げ込まれていた事件もニュースになりました。これもメディアからもたらされる首都圏での感染者数増加に不安を抱いた住民が起こした騒動です。では、なぜ、そのような行動に至ったのでしょう。

分からないことへの不安

がそうさせたのだと思います。コロナばかりが原因ではないかもしれませんが、不安や世の中に対する不満、自分自身が思い通りにならないこと、そうしたものが積み重なってこの行動につながったのだと推測します。人間の不安は

 

わからない

 

ことへの恐怖心から増幅していきます。「新型コロナ」はどのように感染し、いつ収束に向かうのか、どのような効果的な薬が現れるのか、感染経路は、重症化しやすい人はどんな人か、そんなわからないことだらけ。

また、過去起こった感染症の事例、インフルエンザとの致死率の比較などの多面的な情報に接していないため、漠然とした不安に包まれているのだと思います。

人間分からないことには不安が先に立ちます。人と人の出会いもそうです。初対面の人がどういう人かわからないから「探りを入れる」、「距離感を保つ」のです。しかし、本当にその人がどういう人かわかったら安心して付き合うことができます。

では、「わからない」ことを「わかる」ようにするにはどうしたらいいのでしょう。それは多面的に情報を集め分析することとメディアからもたらされる情報をどう読み解くかについても関係しています。今回のコラムは、その観点から書きました。

 

■メディアの情報が偏るのは常

総じてメディアからの情報には危機感を煽る傾向があります。特にTVのワイドショーがそうです。専門家ではないコメンテーターと称される方が登場し、体制側、つまり政府や行政に批判的なコメントを発する。視聴者側もこれに加担して批判するという構図ですね。まるで不満のはけ口としての役割がワイドショーに求められているかのようです。

政治というのはもともと批判される側にあるのですから、致し方ありません。が、国民が流される情報を鵜呑みにしてさらに右往左往していたのではより一層泥沼にはまるだけです。

マスメディアにも限界があります。

紙面の大きさや番組の時間的制約などから、世の中で起きていることのありとあらゆることを伝えることができない。

のです。そのために、起きている事柄のほんの一部を切り取って、読者や視聴者の興味を引くために、興味深く伝えようとします。読者数や視聴率がビジネス的にも絡んでくるために、どうしても偏る方向になってしまうのです。

コロナ問題にしても、深く観察し重症者や死者の年齢別分布状況、重症化率がここ最近さほど上がっていない原因など体制側にプラスとなる情報はさほど大きく取り上げられることがありません。

 

ちなみに、今年4月の陽性者数12,000人に対して死者は370名、第2波と言われる7月は15,700人の感染者に対して死者はわずか31名。4月に比べ1/10に激減しています。PCR検査を増やしているから陽性者数が増えるのは自明の理。しかし、どうしてもTV画面からもたらされる情報が強い印象として残りがちなのです。

だからこそ、私たち受け手自身がもたらされた情報をそのまま受け入れるのではなく、横から斜めから後ろからと、いろんな角度から考えてみることが重要なのです。責任の一端は私たち国民の側にもあるのです。

 

■特殊性と普遍性

 

メディアリテラシーという言葉があります。

「テレビや新聞などメディアからのメッセージを主体的に読み解く能力」

と訳されます。そうです、主体的に!です。メディア側の情報がどんな意図で作られ、送りだされているかを自分の頭で判断する。そしてそれを通じて自ら情報発信する力を身につける。ということです。

特に個人が情報発信するSNSやネット情報などにその視点が求められます。一時期、「熱いお湯を飲むとコロナにはかかりにくい?」という医師のお墨付きを謳ったチェーンメールが出回りました。これに惑わされた人も多かったと聞きます。

こういうと「我々は素人なのだからメディア側がきちんと検証して情報を発信すべき」という意見が出ます。確かに正論です。しかし、メディには莫大な情報をすべての責任において検証することは恐らく不可能です。それほど現代は莫大な情報が流通しているからです。あとは受け取った側が自分自身で解釈する責任が今問われているのです。

何らかの情報に接した時に

本当かな?

常にそうした前提で情報に接する必要があるのです。また、メディアから流れる情報を原理的に斬ってみると特徴があります。それは、

 

特殊性と普遍性

 

ということです。「特殊性」とは特別なことだからニュースになる、他にないから話題になるのです。事例を挙げます。「火事があった」というニュースは特殊性です。この対義語が

 

普遍性

 

です。いわゆる通常・普通のことです。つまり、「99.9%には火事はなかった」のです。普通のことはなかなかニュースになりません。これをコロナに当てはめてみます。

私の住む鹿児島県で160万県民のうち300人近くがコロナに感染したからニュースになるのです。これは特殊性です。しかし、159万9,700人が感染したらこれはもう普通のことですからニュースにはなりません。(ただ、別の意味で残った300人が特殊ですからニュースになるかもしれませんが…)

 

要は何を言いたいか?報道機関からもたらされる情報に一喜一憂しないということです。300人が感染したニュースを見て世の中がひっくり返ったかのように心配する、過剰反応することは精神衛生上も、肉体的にもよろしくありません。

極度に反応することでストレスが増し、家庭や職場において人間関係がぎくしゃくします。また巣ごもり状態になることによって深酒や運動不足にもつながり、ますます悪循環を引き起こします。

 

■メディアの特性を踏まえて情報発信を心掛ける

 

メディアというのは一般人と比べて取材網というのをしっかり持っていて、情報提供があってもそのままストレートに記事にすることなく、必ず裏を取ってから記事にします。それだけキチンとフィルターが掛かっているのです。しかし、情報をどう料理するかは私たち国民自身に委ねられているのです。任せっぱなしではダメなのです。

こうした特性を踏まえて今度は皆さんが情報発信する側になってください。メディアが好む情報は

 

希少性

 

でしたね。もちろんその他にも要素はたくさんあるのですが、この希少性の視点から皆さんの会社にそのような素材は眠っていないか考えてみてください。きっとあるはずです。

「犬が人に噛みついてもニュースにはならないが、人が犬に噛みつけばニュースになる」

のです。ニュースの提供法についてはまた別の機会に譲るとして、提示された情報をそのまま鵜呑みにせず、一旦立ち止まって考える癖をつけることが大事です。これは日常の業務においても言えることですね。

皆さんの企業では、出された情報に対してどのような見方をしておられるでしょうか?社内で議論しておられるでしょうか?

 

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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